昔飼っていた車 〜 FIAT PANDA 45 〜

先日、近所のスーパーへ買い物に行って駐車場に戻ってくると、助手席側の窓から何処かで見たことのある車が止まっている事に気がついた。

チラッと見えたAピラーの付け根にある、黒くて角張ったヒンジのカバーを見てすぐに分かった。それは、ずーっと、ずーっと昔に乗っていた「FIAT PANDA」だった。

しかも、私が乗っていたのと同じ色「赤パンダのWサンルーフ」だと思い、ちょっと記念に写真を撮らせてもらった。だが、よーく見ると色が違うような。こんな小豆色っぽい赤じゃなくて、ちょっとオレンジっぽい赤だったと思う。

まあ、80年代のイタ車にありがちな経年的退色で随分と色が剥げてしまったから、そう思ったのかも知れない。
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エクステリアは微妙に変わってしまったけど、20年以上前に作られていた割には、オリジナルデザインから、ほとんど変更がなかった。多少の変更は、あってもそれはグレードの違いの方が大きいと思うが、このパンダは「Selecat(富士重工製ECTV)」のエンブレムがあるので、90年代以降の車なんだと思う。

ただ私が乗っていた「Panda 45」はフロントグリルが非対称であり、車の下半分が黒一色だった。つまり、この車みたいに太いサイドプロテクター様ではなかったのだ。

実は、その事こそパンダの証だった....。




 
パンダはご存じ「ジウジアーロ」の作品だけど、当初の名前は「ルスティカ(シンプル、素朴な)」だったらしい。その試作車が上下で色違いのツートンカラーだった事から「パンダ」となったとか(本当は当時のイタリアでパンダブームがあったから説もある)。

まあ、それはどーであれ、この車も正しくパンダだ。それに比べたら、現行パンダなんて名前だけ受け継いでいるに等しい(事実そうなった)。
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そこで家へ帰って、当時撮ったPandaの写真を探してみた.....が見あたらない(υ´ Д`) 

あったとしても数枚だから、何処かへ紛れ込んでいるのだと思うけど残念だ。だけど当時のカタログだけはまた持っている。以後何台かの車に乗ってきたが、何故かこのパンダのカタログは、数回の引っ越しにもめげず20年以上持ち続けている。

それだけ印象深かったのか、それほど「欲しい車」だったのか。手放した後でも大切に保管しているカタログは、この車ぐらいだ(一応、A160のカタログも沢山持ってはいるが)。

以前も何度か掲載した事があるが、今回良い機会なので、もう一度ちゃんと写真に残しておこうと古いカタログを引っ張り出して撮ってみた。
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残っていたカタログは2種類。当時の輸入販売元であるJAXの刻印がある「PANDA 45」と4WD車の「PANDA 4×4」だ。

確かオプションカタログと言うか冊子程度の物があったと思うが紛失している。あっても、数えるぐらいしかなかったと思う。

その中で、ダッシュボードに収納するプラスチックの可動式トレイをタダで着けてもらったが色が白だったので、後で赤のスプレーで塗った覚えがある。
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乗っていたのは、この写真にある車と全く同じ。下半分は黒に見えるが、実際はグレイだった。しかも年々白っぽく白濁して赤/グレイ・パンダになった。

後年「Wサンルーフ」が標準で備わった頃もあったらしいが、当時2WD車はノーマルルーフ車とWサンルーフの2種類だった。値段の差は忘れたが10万円ぐらいだったか?

パンダを飼ったのは、いや買ったのは確か84年の秋だったと思う。総額で170か180万円程度だったと記憶しているが定かではない。ただ円高ドル安の直前だったから、日本車に比べたら割高だった(それは今でもそうか)。

だから当時は「あんな車にそんなお金使ってどうするの」と周りから言われていた。だが、それは今も昔も変わらない(^^;)。
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このカタログで唯一のお宝写真。聖子ちゃんカットのモデルが時代を忍ばせる。

サンルーフと言っても、革製(キャンバストップ)の幌みたいな物。後部を開けるには一度車から降りないとイケナかったし、閉めるのも当然同じ。でも、前後を開けるとオープンカーにも近い開放感で、この体験で得た大口径のサンルーフは後のラメラールーフを選んだ理由に繋がると思う。ロックは1カ所だけだったが、こんなペラペラでも雨漏れは一度もなかったのが不思議。

ロック部のハンドルを立てるだけで、ちょっとだけ開ける「チルトアップ」程度が可能だった。差し込むだけで正規の使い方ではないが何時もそうやって使っていたと思う。

納車当時はエアコン(というかクーラーか)がなかった。と言うよりエアコンまで買うお金がなかったという理由もあるがWサンルーフで過ごせると思った。だが、猛暑にそんな物は関係ない。それで最初の車検時にエアコンを着けたが、正規オプションとしてのエアコンは残っておらず。残りの部品を集めて、何とか付けてもらったが確か35万円ぐらいかかったと思う。

そんな苦労をして着けたエアコンなのにクーラーをオンにすると、途端に走らなくなった。そうそう何でPANDA 45かと言うと45馬力だったからだ。今のA200Tから考えると1/4以下、相当非力な車だった。でも4速MT車だから、加速は.....と言いたいところだが、1速ぐらいで引っ張らないと、なかなか着いていけなかった。その上、その1速がなかなか入らず、2速発進したりして......。
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ダッシュボードがむき出しの鉄板と布地と言うのも、今考えるとなんて大胆な発想だったんだろうと思う。

内装のほとんどは、ボディ同色の鉄板でプラスチックはおらかカバーは一切なかった。ゆえに、スピードを出すと騒音は凄まじかった。

特徴的なのは、このハンモックタイプの後部座席だろうか。

前方を持ち上げて止めることが出来た。後にも先にもこんな座席は見たことがなかったが、そうやって使う事もほとんどなかった(球状の荷物を運ぶには便利だったかも)。ただ、この薄っぺらいシートは見た目と違い、座り心地はとても良かった。今座ったらどう思うか分からないが、当時から腰痛持ちだったが、このシートだけは、それを感じる事がなかった。

だから「ヨーロッパはイスの文化が違うんだよ」と、偉そうに言ってた頃だ(^^;)。
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もう一冊は「PANDA 4×4」車だ(フロントグリルは当初から違った)。

当時、高価な輸入車乗りの人達には、ノーマルパンダより、こっちの方が話題だったと思う。と言うのも、横置きFFの4WD車としては世界初の市販車だったから。当時4WDと言えばマッチョな車しか存在しなかったから、こんな小型車は新鮮だったんだと思う。今のシティオフローダーの源流かも知れない。

ただ、この4WD車は一度も見かけた事はなかったが。
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PANDAは今でも時々見かけるレアのようでレアでもない車だ。しかし「日本でそんなに売れたのか?」 とも思うし、販売チャンネルもコロコロと代わって地方では空白の時代もあったような気もする。

なのに、これだけ目撃すると言う事は、まあまあ売れてたのかと思う。だが、一番の功績は、その販売年数によるものなのかも知れない。何せ、私が乗っていた80年代から細々とも、20数年間ずっと売られていたのだから(世界では400万台販売)。

ヨーロッパ車の魅力の一つに、その長いモデルチェンジサイクルがあった。日本車なんて3年経てばマイナーチェンジで5、6年経てばフルモデルチェンジと相場が決まっていたから、新しい車も見る見る内に古い車のイメージとなってしまったのだ。

ところが最近はヨーロッパ車も同様なモデルチェンジサイクルになりつつある。メルセデス車はイヤーモデル制なので毎年細々とした所が変わっていくが、Aクラスもそろそろマイナーチェンジに等しいリフトフェイスが来るらしい(+派生車か)。機能や見た目の表面的な部分は「もう少し待てば」と思う反面、見えないところのコストダウンも密かに行われるから油断も隙もない。

正当進化と言うべきか正当なコストダウンと言うべきか迷ってしまうが、初物はそれだけリスクも伴う事は初代Aクラスを見ていれば分かる事。だから買うタイミングは非常に難しくなるけど、結局は欲しい時に買うのがベストなのかも。

でも、PANDAのように、20年経っても「あの車は良かったな〜」と今でも乗り続けるファンが多い車は滅多にない。決してパワー競争なんて出来っこないし、内装はチープだし、故障も多かったけど憎めない車だった。それもこれも、生産コストとデザインを上手く融合させた「ジウジアーロ」の功績に他ならないと思うが、今で言うと「無印良品」的な存在だろうか(良品ではなかったが)。

もう一度、あのPANDAみたいな何モノにも属さない唯一無二で魅力的な車が出てきたら、欲しいと思う。だけど、もうそんな時代じゃないのかも知れないな。

ただパンダが楽しかった理由の一つには、その頃の生活が楽しかったのかも知れない。でも故障が多くて、困った事は確かで、当時結婚する前だった妻は「もう、あんな車はこりごり」と、A160を購入するまでの長い間、輸入車は封印されてしまったのだった。


PS:パンダの話し、思い出したらまた加筆します。
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Commented by まこやん at 2007-06-01 17:20 x
高校卒業後におしゃれな友達はアバルト?(サソリマークの小さな赤いイタ車)買っていました。
まわりの友達はクレスタやマークⅡハイソカーばかりでしたが、一台だけ異色でした。
pingoさんもパンダ乗りとは、かなりのお洒落さんだったのですね(笑)
もしかして昔は、刈り上げして前髪長く流していませんか?
フミヤみたいに

今回のMBフェアの記念品は傘ですね。
ムチャクチャ欲しいですがこの前、水筒もらったので行き難い(^^ゞ

Commented by まこやん at 2007-06-01 17:34 x
思い出しました。
お洒落な友達のアバルト。
アウトビアンキA112でした。
当時はなぜかアバルトって呼んでました。
Commented by がっちゃん at 2007-06-03 01:52 x
そうですね、沢山の不便や不合理を一つずつ改善してきて今があるわけですからね。
車に限らず、昔のものを懐かしむってのは、単なる懐古趣味なのかな~
さくさくと、今と未来を見据えた生き方ができれば良いのにね・・・
ちょっと弱気のがっちゃんでした。
Commented by pingo21 at 2007-06-04 14:14
アウトビアンキA112も人気でしたね。
確かにお洒落派に受けてましたがパンダは路線が少し違った気がします。
当時一番安い輸入車でしたから。
アウトビアンキA112は知り合いが乗ってました。今はフェラーリ乗ってます。
お友達は今何に乗っているのでしょう?アルファ辺りだと正常進化だと思いますが(笑
アウトビアンキA112がY10になって、イプシロンに続くのかな?どれも個性派でしたね。現行イプシロンは好きです。左ハンドルじゃなかったら行ってたかも。
Commented by まこやん at 2007-06-04 17:44 x
お友達はその後、田舎を捨てて都会に出たっきり帰ってきません(笑)
今、何に乗ってるか凄く気になります
Commented by alpa10d at 2007-06-06 09:42 x
01年W168乗ってます。
その前がエアコンと右ハンドルにヘタレて
PANDAに踏み切れずUNOでした。
小さい潔さというか爽快感が好きでした。
で・・・
今一番自分がワクワクできるクルマを正直にと
Aクラス返上してカングーオーダーしてしまいました。

Commented by pingo21 at 2007-06-08 13:31
UNOもありましたね。知り合いが乗ってましたが電装系が弱くて手放しました。
カングーも当初思ったより人気ですね近所でも良く見かけます。
ヨーロッパ小型車の楽しい部分を引き継いだ車だと思ってます。
by pingo21 | 2007-06-01 10:41 | 代車・試乗車・気になる車 | Trackback | Comments(7)